だから自分はこうしてみる。
今回は顎当て、肩当てについて。
そして、自分は元々肩当てをつけないので、今回の話題の焦点は顎当てにあてる。
楽器は基本的に軽いほうが良い。
諸々の条件はさておき、自分はこう思う。
演奏の際に、楽器を長く自在に続けるためには、身体への負荷は少ないに越したことはない。
生徒からはしばしば、肩当てや顎当てについての相談はされるし、
そうでなくとも、初めて教室にいらっしゃった方をみる際、自分は一番始めに、楽器と身体の関係がうまくいっているかをさりげなく確認する。
もちろん、うまくいっている場合もあるが、そうでなければそれぞれの身体の特徴に合うだろう適切な姿勢のアドヴァイスと、肩当て及び顎当てをいくつか試してもらっている。
この点を適切に指導しない先生についている生徒は、不幸だと思う。
生徒それぞれの立場を踏まえていないことであり、先生本人が演奏者の視点で考えていないことにもなる。
人は異なる体格をもち、よってそれぞれに適切な演奏スタイルが変わって当然だ。
顎当ての使用が始まったのは19世紀始め、ルイ・シュポアが最初に考案したとされる。
遅れて肩当て。これは20世紀になってから。メニューインが提唱したといわれる。
成り立ちなどについては、ここでのテーマにしない。
問題提起として、写真をいくつかあげる。
なお、これらの写真には他にもクローズアップしたいポイントがあるが、それはべつの機会に。
楽器の底部に注目。
サラサーテ(1844-1908)
若い時代から順に。
後期から晩年にかけては、小さめの顎当てを何種類か試している。
こちらは、パガニーニの唯一の弟子といわれるシヴォリ(1815-1894)。彼の場合の場合も、顎当て「無し」の写真と「有り」のものどちらもある。彼の場合はパガニーニの特殊な演奏スタイルを受け継いだだろうことを考えれば、当然だろう。
時代がさらに遡るが、当のパガニーニ。(1782-1840)
写真ではないが、絵による誇張はむしろ特徴を際立たせる。
構え方の独特さに注目。これが同時に柔軟な幅広いフィンガリングのヒントにもなる。
もちろん、楽器を挟む部分にも注目。
これが本当にパガニーニの弾き姿だとしたら、ヤバい。
アンリ・ヴュータン(1820-1881)の少年時代の肖像画
オーレ・ブル(1810-1880) 晩年の写真
彼は、パリでハインリヒ・エルンストと同室になった際に、パガニーニスタイルの演奏を伝えられたと言われる。
そして、当のエルンストは、パガニーニのストーカーだった変態だ。
パガニーニのスタイルは、エルンストのスタイルでもある可能性は高い。
もちろんこれらは、顎当てをつけていないヴァイリニストの例であって、当然同様に、それ以上に多くのヴァイオリン奏者は顎当てを使用し始めている。
言いたいのは、モダン楽器の定着した19世紀でさえも、両方の演奏スタイルが混在していることだ。
古い写真はこれで最後に。
当シュポアが考案したと言われる顎当て。
特徴として、小ぶりであろうこと、楽器の両面に素材が当てられていること。
次に、重さの面で。
元々ヴァイオリン本体の重さは弦やペグ、テールピースを含め380〜450g程度だ。
これらのパーツは楽器の構成として必須だし、それほど重量の上で大差はないので、含めた。
本来はこの状態で弾かれていた楽器だ。
それに、現代の顎当て、さらに肩当てを加えたらどうなるか。
自分が以前に使っていた顎当て。だいたい50g台。
重いもので59g。これはかなり高さのあるもの。
ウィーンで買ったものだが、所有しているだけで使っていない。
続いて肩当て。
これも所有のものを測ってみた。
基本的に生徒に勧めている肩当て。重さと同時に、柔軟性の点でとてもメリットがあるので、総合的にこちらは勧められる。もちろん合わない方もいる。
だいたい70g台。
マッハワンの初期のものは薄いし50gと軽い。自分が20代の頃は使っていた。
楽器と身体をがっちり密着させないスタイルにはおすすめ。
パスキエ先生が、演奏のためでなく、肩に楽器を休める感じのためにつけていた。
所有しているもので、一番重かったのが、これ。
100g近くある。
例えば、380gの楽器に、55gの顎当てと、75gの肩当てを加えると
380+130=510g
楽器の本来の重さのおよそ25%の負荷を負って演奏することになる。
一番重い部類の楽器450gで、59gの顎当てと、96gの肩当てでは?
450+155=605g
演奏者それぞれの体格により、適切な形に違いがでるのはわかる。
道具が変われば重さが変わる。
しかし、いずれにせよ楽器と身体のフィット感を追求して、
必要以上に身体への負担を増やしているのは、
センスが良いとは言えない。
パガニーニの全曲を弾く際に、顎当てを外した方法を試したことがある。弾けることは弾けるが、あのフィンガリングを続けるには、楽器を支える方法を変えなければ難しい。
それにロマン派以降の曲を弾くには、楽器を安定させるために、やはり肩当ては必要だ。
かと言って、できるだけ余計な負荷は増やしたくない。
自分の好きな19世紀前半のヴァイオリストの演奏スタイルを追求したい。
結果的には、自分はこれを選択した。
結果的に、ルイ・シュポアのモデルと同じものになった。
これは顎当てと同時に、肩当てを兼ねている。
結果的に、楽器の高さを程よく作り、木を増やして響きをやや硬質に変えると同時に、楽器と身体が直接触れることを若干防ぐことで、楽器が痛むことを避けている。
底面の素材は、自分としては鎖骨のくぼみにはまり、楽器を身体に引っ掛けて、滑りを防ぐというもう一つの肩当ての役割を果たしてくれる。
何より、楽器の傾斜を自在に作り出せる。
自分は身体に対して、楽器の向きや傾斜の変化を利用したフィンガリングを使うので、この点首元が広く開く方が助かる。
楽器をしっかり挟む状態も、バロックスタイルのchin offも自由に切り替えられる。
重さは、33〜34gと軽い。
自分の楽器がおよそ388gなので、
合わせても432gで済む。
道具一つ検証することも、失われた演奏スタイルを遡る手がかりの一つだと思う。
結果、何年かかけて試してみて、さらに顎当てを外すか、逆に重い肩当てに回帰するか、どちらにころぶにせよ、古くて新しい演奏を求めるための、価値のある実験だ。
新しいことをしなければ、人生意味がない。
以下、余談。
他には、こんなものも検討した。
迫り上がっているタイプは、サラサーテが使用しているものと似ている。
もう一方は、上記の片面タイプ。
もっとも、サラサーテのものは、テールピース下にはみ出していることから、今は目にしないこちらの差し込むタイプだと思う。
この写真を元にアメリカの楽器職人に問い合わせてみたが、こちらは個人所有で譲れないものだそう。
もう一方は、通常の顎当てと組み合わせて、肩当て代わりにならないか遊んでみた。
ちなみに、より軽い顎当ては存在している。
18gと飛び抜けている。
ただ、テールピースをまたがっている形から、高さはそれなりにあるであろうことと、形状から楽器がどちらかといえば水平方向に傾くだろうことから、自分は見合わせた。
興味のある方はお試しあれ。
https://www.ilconforto.info/comforest
そして今回は結果的に、タニタの計量器の宣伝というオチでした。